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<<   作成日時 : 2003/04/11 17:00   >>

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笈の小文


松尾芭蕉





 百骸九竅(ひゃくがいきうけう)の中に物有。かりに名付(なづけ)て風羅坊(ふうらぼう)といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好(このむ)こと久し。終(つひ)に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦(うん)で放擲(ほうてき)せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふ(う)て、是が爲に身安からず。しばらく身を立(たて)む事をねがへども、これが爲にさへられ、暫ク學(まなん)で愚を曉(さとら)ン事をおもへども、是が爲に破られ、つゐ(ひ)に無能無藝にして只(ただ)此一筋に繋(つなが)る。西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の繪における、利休が茶における、其(その)貫道(くわんだう)する物は一(いつ)なり。しかも風雅におけるもの、造化(ざうくわ)にしたがひて四時(しいじ)を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像(かたち)花にあらざる時は夷狄(いてき)にひとし。心花にあらざる時は鳥獸に類ス。夷狄を出(いで)、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。
 神無月(かんなづき)の初(はじめ)、空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して、
  旅人と我(わが)名よばれん初しぐれ
   又山茶花(さざんくわ)を宿く(やどやど)にして
 岩城(いわき)の住(ぢゆう)、長太郎と云(いふ)もの、此脇を付(つけ)て其角亭(きかくてい)におゐ(い)て関送リせんともてなす。
  時は冬よしのをこめん旅のつと
 此句は露沾(ろせん)公より下し給はらせ侍りけるを、はなむけの初(はじめ)として、旧友、親疎、門人等(ら)、あるは詩歌(しいか)文章をもて訪(とぶら)ひ、或(ある)は草鞋(わらぢ)の料(れう)を包(つつみ)て志を見す。かの三月の糧(かて)を集(あつむる)に力を入(いれ)ず。紙布(かみこ)・綿小(わたこ)などいふもの帽子(まうす)したうづやうのもの、心くに送りつどひて、霜雪(さうせつ)の寒苦をいとふに心なし。あるは小船をうかべ、別墅(べつしょ)にまうけし、草庵に酒肴(さけさかな)携(たづさへ)来りて行衛(ゆくへ)を祝し、名残をおしみなどするこそ、ゆへ(ゑ)ある人の首途(かどで)するにも似たりと、いと物めかしく覚えられけれ。
 抑(そもそも)、道の日記といふものは、紀氏(きし)・長明(ちやうめい)・阿佛(あぶつ)の尼(あま)の、文(ぶん)をふるひ情(じやう)を盡(つく)してより、餘(よ)は皆俤(おもかげ)似かよひて、其(その)糟粕(さうはく)を改(あらたむ)る事あたはず。まして淺智短才(せんちたんさい)の筆に及(およぶ)べくもあらず。其日は雨降(ふり)、昼より晴(はれ)て、そこに松有(あり)、かしこに何と云(いふ)川流れたりなどといふ事、たれく(たれだれ)もいふべく覺侍れども、黄(くわう)哥(奇)蘇新(そしん)のたぐひにあらずば云(いふ)事なかれ。されども其所く(ところどころ)の風景心に残り、山舘(さんくわん)・野亭(やてい)のくるしき愁(うれひ)も、且(かつ)ははなしの種となり、風雲の便(たよ)りともおもひなして、わすれぬ所く(ところどころ)跡や先やと書集(かきあつめ)侍るぞ、猶醉ル者の孟語(まうご)にひとしく、いねる人の譫言(うはごと)するたぐひに見なして、人又亡聴(ぼうちやう)せよ。
    鳴海(なるみ)にとまりて
  星崎(ほしざき)の闇を見よとや啼(なく)千鳥
 飛鳥井雅章(あすかゐまさあき)公の此宿(このしゆく)にとまらせ給ひて、「都も遠くなるみがたはるけき海を中にへだてゝ」と詠じ給ひけるを、自(みづから)かゝせたまひて、たまはりけるよしをかたるに、
  京まではまだ半空(なかぞら)や雪の雲
 三川(河)の國保美(ほび)といふ處に、杜國(とこく)がしのびて有(あり)けるをとぶらはむと、まづ越人(ゑつじん)に消息して、鳴海より跡(あと)ざまに二十五里尋(たづね)かへりて、其夜吉田に泊る。
  寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
 あまつ縄手(なわて)、田の中に細道ありて、海より吹上(ふきあぐ)る風いと寒き所也。
  冬の日や馬上に氷る影法師
保美村より伊良古(いらご)崎へ壱里斗(ばかり)も有(ある)べし。三河の國の地つゞきにて、伊勢とは海へだてたる所なれども、いかなる故にか、万葉集には伊勢の名所の内に撰入(えらびいれ)られたり。此渕(洲)崎にて碁石(ごいし)を給ふ。世にいらご白(じろ)といふとかや。骨山(ほねやま)と云(いふ)は鷹を打(うつ)處なり。南の海のはてにて、鷹のはじめて渡る所といへり。いらご鷹など歌にもよめりけりとおもへば、猶あはれなる折ふし
  鷹一つ見付(つけ)てうれしいらご崎
    熱田御修覆(みしゆふく)
  磨(とぎ)なを(ほ)す鏡も清し雪の花
蓬左(ほうさ)の人々にむかひとられて、しばらく休息する程
  箱根こす人も有(ある)らし今朝の雪
    有(ある)人の會
  ためつけて雪見にまかるかみこ哉
  いざ行(ゆか)む雪見にころぶ所まで
    ある人興行(こうぎやう)
  香を探(さぐ)る梅に蔵見る軒端(のきば)哉
 此間、美濃・大垣・岐阜のすきものとぶらひ来りて、歌仙、あるは一折(ひとおり)など度々に及(およぶ)。
 師走(しはす)十日餘(あまり)、名ごやを出(いで)て、旧里(ふるさと)に入(いら)んとす。
  旅寐してみしやうき世の煤(すす)はらひ
「桑名よりくはで来ぬれば」と云(いふ)日永(ひなが)の里より、馬かりて杖つき坂上るほど、荷鞍(にぐら)うちかへりて馬より落(おち)ぬ。
  歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬哉
と物うさのあまり云出(いひいで)侍れ共、終(つい)に季ことばい(入)らず。
  旧里(ふるさと)や臍(ほぞ)の緒(を)に泣(なく)としの暮
 宵のとし、空の名残お(を)しまむと、酒のみ夜ふかして、元日寐わすれたれば、
  二日にもぬかりはせじな花の春
    初 春
  春立(たち)てまだ九日(こゝのか)の野山哉
  枯芝ややゝかげろふの一二寸
 伊賀の國阿波(あは)の庄といふ所に、俊上上人(しゆんじようしやうにん)の旧跡有(あり)。護峰山新大仏寺(ごほうざんしんだいぶつじ)とかや云(いふ)、名ばかりは千歳(ちとせ)の形見(かたみ)となりて、伽藍(がらん)は破(やぶ)れて礎(いしずえ)を残(のこ)し、坊舎は絶て田畑と名の替り、丈六(じやうろく)の尊像は苔の緑に埋(うづもれ)て、御(み)ぐしのみ現前(げんぜん)とおがまれさせ給ふに、聖(しやう)人の御影(みえい)はいまだ全(まつたく)おはしまし侍るぞ、其代(そのよ)の名残うたがふ所なく、泪(なみだ)こぼるゝ計(ばかり)也。石の連(蓮)臺・獅子の座などは、蓬(よもぎ)・葎(むぐら)の上に堆(うづたか)ク、双林(さうりん)の枯(かれ)たる跡も、まのあたりにこそ覚えられけれ。
  丈六にかげろふ高し石の上
  さまぐ(さまざま)の事おもひ出す櫻哉
    伊勢山田
  何の木の花とはしらず匂哉
  裸にはまだ衣替着(きさらぎ)の嵐哉
    菩提山(ぼだいさん)
  此山のかなしさ告(つげ)よ野老堀(ところほり)
    龍尚舎(りゆうしやうしや)
  物の名を先(まづ)とふ芦のわか葉哉
    細(網)代民部雪堂(あじろみんぶせつだう)に會(あふ)
  梅の木に猶やどり木や梅の花
    草庵會(さうあんのくわい)
  いも植(うゑ)て門(かど)は葎(むぐら)のわか葉哉
 神垣のうちに梅一木(ひとき)もなし。いかに故有(ゆゑある)事にやと、神司(かんづかさ)などに尋(たづね)侍れば、只何とはなし、を(お)のづから梅一(ひと)もともなくて、子良(こら)の舘(たち)の後(うしろ)に一(ひと)もと侍るよしをかたりつたふ
  御子良子(おこらご)の一もとゆかし梅の花
  神垣やおもひもかけずねはんぞう
 弥生(やよひ)半過(なかばすぐ)る程、そゞろにうき立(たつ)心の花の、我を道引(みちびく)枝折(しをり)となりて、よしのゝ花におもひ立(たゝ)んとするに、かのいらご崎にてちぎり置(おき)し人の、いせにて出(いで)むかひ、ともの旅寐のあはれをも見、且(かつ)は我(わが)爲に童子となりて、道の便リにもならんと、自(みづから)万菊丸(まんぎくまる)と名をいふ。まことにわらべらしき名のさま、いと興有(あり)。いでや門出(かどで)のたはぶれ事せんと、笠のうちに落書(らくがき)ス。
    乾坤無住同行二人(けんこんむじゆうどうぎやうににん)
  よし野にて櫻見せふ(う)ぞ檜(ひ)の木笠
  よし野にて我も見せふ(う)ぞ檜(ひ)の木笠  万菊丸
 旅の具多きは道ざはりなりと、物皆払捨(はらひすて)たれども、夜(よる)の料(れう)にと、かみこ壱(ひと)つ、合羽(かつぱ)やうの物、硯、筆、かみ、藥等、昼笥(ひるげ)なんど物に包(つつみ)て、後(うしろ)に背負(せおひ)たれば、いとゞすねよは(わ)く、力なき身の跡ざまにひかふるやうにて、道猶すゝまず、たゞ物うき事のみ多し。
  草臥(くたびれ)て宿かる比(ころ)や藤の花
    初瀬(はつせ)
  春の夜や籠(こも)リ人(ど)ゆかし堂の隅
  足駄(あしだ)はく僧も見えたり花の雨  万菊
    葛城山(かづらきやま)
  猶みたし花に明行(あけゆく)神の顔
    三輪(みわ) 多武峯(たふのみね)
    臍峠(ほそたうげ) 多武峯ヨリ龍門へ越径也
  雲雀(ひばり)より空にやすらふ峠哉
    瀧(龍)門
  龍門の花や上戸(じやうご)の土産(つと)にせん
  酒のみに語らんかゝる瀧の花
    西河(にじつかう)
  ほろく(ほろほろ)と山吹ちるか瀧の音
    蜻螐(せいめい)が瀧
布留(ふる)の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥也。
 津國幾田(いくた)の川上に有 大和
      布引(ぬのびき)の瀧 箕面(みのお)の瀧
      勝尾寺(かちをでら)へ越る道に有。
    櫻
  櫻がりきどくや日ゞ(ひび)に五里六里
  日は花に暮(くれ)てさびしやあすなるふ(う)
  扇にて酒くむかげやちる櫻
    苔清水(こけしみず)
  春雨のこしたにつたふ清水哉
 よしのゝ花に三日とゞまりて、曙(あけぼの)、黄昏(たそがれ)のけしきにむかひ、有明(ありあけ)の月の哀(あはれ)なるさまなど、心にせまり胸にみちて、あるは攝章(政)公のながめにうばゞれ、西行の枝折(しをり)にまよひ、かの貞室(ていしつ)が是(これ)はく(これは)と打(うち)なぐりたるに、われいはん言葉もなくて、いたづらに口をとぢたる、いと口をし。おもひ立(たち)たる風流、いかめしく侍れども、爰(ここ)に至りて無興(ぶきよう)の事なり。
    高野(かうや)
  ちゝはゝのしきりにこひし雉(きじ)の聲
  ちる花にたぶさはづかし奥の院  万菊
    和歌
  行(ゆく)春にわかの浦にて追付(おいつき)たり
    きみ井寺
  跪(踵、きびす)はやぶれて西行にひとしく、天龍(てんりゆう)の渡しをおもひ、馬をかる時はいきまきし聖(ひじり)の事心にうかぶ。山野海濱(さんやかいひん)の美景に造化(ざうくわ)の功(こう)を見、あるは無依(むえ)の道者の跡をしたひ、風情(ふぜい)の人の實(まこと)をうかがふ。猶栖(すみか)をさりて器物のねがひなし。空手(くうしゆ)なれば途中の愁(うれひ)もなし。ェ歩駕(くわんぽが)にかへ、晩食(ばんしよく)肉よりも甘(あま)し。とまるべき道にかぎりなく、立(たつ)べき朝(あした)に時なし。只一日のねがひ二つのみ。こよひ能宿(よきやど)からん、草鞋(わらぢ)のわが足によろしきを求(もとめ)んと斗(ばかり)は、いさゝかのおもひなり。時々氣を轉じ、日ゝ(日)に情をあらたむ。もしわづかに風雅ある人に出合(であひ)たる、悦(よろこび)かぎりなし。日比(ひごろ)は古めかしく、かたくなゝりと惡(にく)み捨(すて)たる程の人も、邊土(へんど)の道づれにかたりあひ、はにふ・むぐらのうちにて見出(みいだ)したるなど、瓦石(ぐわせき)のうちに玉を拾ひ、泥中(でいちやう)に金(こがね)を得たる心地して、物にも書付(かきつけ)、人にもかたらんとおもふぞ、又是(これ)旅のひとつなりかし。
    衣替(ころもがへ)
  一つぬひで後(うしろ)に負(おひ)ぬ衣がへ
  吉野出て布子(ぬのこ)賣(うり)たし衣がへ  万菊
 灌佛(くわんぶつ)の日は、奈良にて爰(ここ)かしこ詣(まうで)侍るに、鹿の子を産(うむ)を見て、此(この)日におゐ(い)てお(を)かしければ、
  灌佛の日に生れあふ鹿(か)の子(こ)哉
 招提(せうだい)寺鑑眞(がんじん)和尚来朝の時、船中七十餘度の難をしのぎたまひ御目のうち塩風吹入(ふきいり)て、終(つひ)に御目盲(めしひ)させ給ふ尊像を拜して、
  若葉して御めの雫(しづく)ぬぐはゞや
    旧友に奈良にてわかる
  鹿の角(つの)先(まづ)一節(ひとふし)のわかれかな
    大坂(おほざか)にておる人のもとにて
  杜若(かきつばた)語るも旅のひとつ哉
    須磨
  月はあれど留主(るず)のやう也須磨の夏
  月見ても物たらはずや須磨の夏
 卯月中比(うづきなかごろ)の空も朧(おぼろ)に殘りて、はかなきみじか夜の月もいとゞ艶(えん)なるに、山はわか葉にくろみかゝりて、ほとゝぎす鳴(なき)でづべきしのゝめも、海のかたよりしらみそめたるに、上野(うへの)とおぼしき所は、麦の穂浪(ほなみ)あからみあひて、漁人(あま)の軒ちかき芥子(けし)の花のたえぐ(たえだえ)に見渡さる。
  海士(あま)の顔先(まづ)見らるゝやけしの花
 東須磨・西須磨・濱須磨と三所にわかれて、あながちに何わざするともみえず。「藻塩(もしほ)たれつゝ」など、歌にもきこへ(え)侍るも、いまはかゝるわざするなども見えず。きすごといふうをゝ(を)網して、眞砂(まさご)の上にほしちらしけるを、からすの飛来(とびきた)りてつかみ去ル。是(これ)をにくみて弓をもてを(お)どすぞ、海士のわざとも見えず。若(もし)古戰場の名残をとゞめて、かゝる事をなすにやと、いとゞ罪ふかく、猶むかしの戀しきまゝに、てつかひが峯にのぼらんとする。導(みちび)きする子のくるしがりて、とかくいひまぎらはすを、さまぐ(さまざま)にすかして、「麓の茶店にて物くらはすべき」など云(いひ)て、わりなき躰(てい)に見えたり。かれは十六と云(いひ)けん里の童子よりは、四つばかりもをとく(おとうと)なるべきを、数百丈の先達(せんだつ)として、羊腸険阻(やうちやうけんそ)の岩根(いはね)をはひのぼれば、すべり落(おち)ぬべき事あまたゝびなりけるを、つゝじ・根ざゝにとりつき、息をきらし、汗をひたして、漸(やうやう)雲門に入こそ、心もとなき導師のちからなりけらし。
  須磨のあまの矢先(やさき)に鳴(なく)か郭公(ほとゝぎす)
  ほとゝぎす消行方(きえゆくかた)や嶋一ツ
  須磨寺(すまでら)やふかぬ笛きく木下(こした)やみ
    明石夜泊(あかしやはく)
  蛸壺(たこつぼ)やはかなき夢を夏の月
 かゝる所の穐(あき)なりけりとかや。此浦の實(まこと)は、秋をむねとするなるべし。かなしさ、さびしさいはむかたなく、秋なりせば、いさゝか心のはしをもいひ出(いづ)べき物をと思ふぞ、我心匠(わがしんしやう)の拙なきをしらぬに似たり。淡路嶋(あはぢしま)手にとるやうに見えて、すま・あかしの海右左にわかる。呉楚東南の詠もかゝる所にや。物しれる人の見侍らば、さまぐ(さまざま)の境(さかひ)にもももひなぞらふるべし。
 又後(うしろ)の方(かた)に山を隔てゝ、田井(たゐ)の畑(はた)といふ所、松風・村雨ふるさとゝいへり。尾上つゞき、丹波路(たんばぢ)へかよふ道あり。鉢伏(はちぶせ)のぞき・逆落(さかおとし)など、おそろしき名のみ殘りて、鐘懸松(かねかけまつ)より見下(みおろす)に、一ノ谷内裏(だいり)やしき、めの下に見ゆ。其代(そのよ)のみだれ、其(その)時のさは(わ)ぎ、さながら心にうかび、俤(おもかげ)につどひて、二位(にゐ)のあま君、皇子(みこ)を抱(いだき)奉り、女院(にようゐん)の御裳(おんもすそ)に御足(おんあし)もたれ、船やかたにまろび入らせ給ふ御有さま、内侍(ないし)・局(つぼね)・女嬬(によじゆ)・曹子(ざうし)のたぐひ、さまぐ(さまざま)の御調度(おんてうど)もてあつかひ、琵琶・琴なんど、しとね・ふとんにくるみて船中に投入(なげいれ)、供御(くご)はこぼれて、うろくづの餌(え)となり、櫛笥(くしげ)はみだれて、あまの捨草(すてぐさ)となりつゝ、千歳(ちとせ)のかなしび此(この)浦にとゞまり、素波(しらなみ)の音にさへ愁(うれひ)多く侍るぞや。




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