能因歌枕 (略本)

能因歌枕 (略本)     能因



天地 あめつちといふ。
道 たまほこといふ、わたくし、たまつたといふ。異本、たづきといふ、わたくし、たまたといふ。
夜 ぬばたまといふ、またくらし、ぬまたまといふ、むばたまといふ。
山 あしびきといふ、しなてるやともいふ、そさのをのみことの、あしびきはやまへいらじといひけるをはじめていひそむ。
日 あかねさすといふ、あかほさすといふ、あらか(カラ)びくといふ、山のはにさすとき。私、いろのなみてる、ひるはありさすともいふ。
朔日(ツイタチ) ゆみはりといふ。
月 ひさかたといふ、かげてらすともいふ、あからびくといふ、さやかなりといふ。
晦(ツモゴリ) ありあけといふ。
風 はるかぜ、あき風、ときにしたがふ。
いなおほせ鳥とは、あきよむべし。
をしをば、山がらすすむ、わかれにしとも。
みさごをば、あらいそづらにまつなどにかけてよむべし。
鷹をば、はしたか、したかへるとはてにかへるをいふ。
鷹ほことは、たかのゐる木をいふ。
みやこどりとは、そへてよむべし。
ゆふつけ鳥とは、神にゝはとりたてまつるをいふ。私、には鳥にゆふをつけて神にたてまつるをいふ。
かりがねとは、たかゞりをいふ、あましとゝいふ。
若菜とは、ゑぐ、すみれ、なづなゝどをいふ、さわらびをもいふ、あらばたけにあり。
やへむぐらとは、あれたる所にはひかゝれるをいふ。
うき草とは、あだにうきたることをたとふ。
にはたづみとは、雨のふるにたまのやうにてあるみづのあわをいふ。又いかだやるともいふ。はかなきよにたとふ。
深物をばうつたへのといふ。 帝皇をば、まつらのきみといふ。
人のまゐるをば、あのしくさ、いまのくさといふ。 いそをば、ちりなみといふ。
常なる物をば、ときとなし、とこはとも。 道をば、たまほこといふ。
木をば、やまちかきといふ、たまちきとも。 おほみやをば、もゝしきといふ、こゝのへといふ。
京をば、かましきといふ。 からはしくとは、たけをいふ。
うらぶれてとは、もの思ひてこゝろくるしげなるをいふ。うらぶれて物おもひをればとよめり。
鶯つまもとむとよめり。はるさればつまをもとむる鶯のとよめり。
とよむとは、あまぐもきりあくるかとみればなほとよめり、あまぎりてゆきみむ。
春をば、かすみしくといふ。 夏をば、かげろふといふ。
秋をば、あたまぎりといふ。 冬をば、たまくしげといふ。
暁をば、ありあ(け脱カ)といふ。 霞をば、あしたつといふ。
煙をば、くものゐといふ。 別(ワカル)をば、むらとりといふ。
もみぢをば、いかなるはしはといふ。 人しれぬ思をばあしたづといふ。
人にしられぬといふをば、山がつといふ。 ねたきことをば、ことゝりといふ。
あひがたきをば、やまたづといふ。 心にいれぬをば、ふさをさといふ。
希(マレナル)ことをば、わくらはといふ、たまさかとも。 遣文使(フミヤルユカヒ)をば、たにのおとゝいふ。
無(ナキ)ことをば、ぬれ衣といふ。 十月の雨をば、しぐれといふ。
山里に栖(スム)をば、やまがつといふ。 やまぶきをば、いとはずといふ。
つゝじをば、草まきといふ。 鶯をば、たにいづといふ。
郭公をば、くつぬひといふ。 荒處(アレタルトコロ)をば、よもぎふといふ。
雨のおつる所をば、あまのくもかけといふ。 ひさしきを、すみよしといふ。
常なる物をば、とこはといふ。 旅人のねむごろなるをば、ねざしぐさといふ。
よそに語(カタラフ)人をば、かげかつといふ。 ふたりねたるをば、かげろふといふ。
たまくらをば、かげみといふ。 ちかきをば、あしがきといふ。
ころもをば、白たへといふ。 あるかなきかなる物をば、かげろふといふ。
あましたりをば、のきのたま水といふ。 かげろふ、くろきむしなり。
きゞすといふ鳥をば、けたらなくとも。 あさぢをば、あれたるところにおふる也。
人の懐(フトコロ)に手さしいれて物がたりするをば、むつごとゝいふ。
あけはなるゝ程をば、しのゝめといふ。 いやしき物をば、しづのをといふ。
きゝやう、ありのひこといふ 葦(アシ)をば、よかずとも、なにはめとも、よしとも。
りんだうをば、いもきぐさといふ。 ぼうたんをば、ふかみぐさと云。
しをんをば、くさまきといふ。 つゆ草をば、こねずといふ。
みゝなれ草をば、あれたるはたけなどにおふなどいふ。 をみなへし、女にたとへてよむべし。
家のほかをば、そともといふ。 常のことをば、ありそうみといふ。
あさほさずとは、山のはに月のいるをいふ。 筆の跡をば、はまちどりといふ。
袖をば、衣でといふ。 荒(アレタル)やどをば、よもぎふといふ。
よみぢをば、しでの山といふ。 命をば、たまのをといふ。
ゐもりの注(シルシ)とは、もろこしに人のありくに、むしのちをめのかひなにつけて行(ユク)なるべし。それにもをとこしつれば、そのむしのちのうするなり。

右以宮内省圖書寮蔵本書寫畢、昭和十五年七月。


日本歌学大系 第壱巻 佐佐木信綱編より   平成十五年九月  北山雅治


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  • 能因歌枕について

    Excerpt: 能因歌枕は、平安時代の僧侶で中古三十六歌仙の一人でもある歌人の能因法師が著した歌学書で、「廣本」と「略本」がある。 Weblog: blog平成奥の細道 racked: 2013-08-30 07:35